
時代背景やストーリー、人物自身の性格など、さまざまな意図が込められ作られている映画ヘアメイク。本記事では、19世紀末のロンドンとパリがメインの舞台とされている『哀れなるものたち』の登場人物、主に主人公であるベラ(=エマ・ストーン) のファッション・ヘアメイクを分析していきます。他にも何人かの登場人物をピックアップしてファッション・ヘアメイクの分析をしてみるので、気になる方はぜひ一緒に考察してみましょう。
コンテンツ
|『哀れなるものたち』のあらすじ

『哀れなるものたち』は、19世紀末のイギリスを舞台に、風変わりな天才外科医によって胎児の脳を移植されたベラが、自立と自我を獲得する冒険譚。ベラは、世界を自分の目でみたいという欲望に駆られ、放蕩者の弁護士・ダンカンに誘われて大陸横断の旅に出る。
|ベラ(=エマ・ストーン) の分析・考察

この作品の主人公であるベラはとても好奇心旺盛な性格で、知性と快楽を求めている。身体は大人だが幼児のような振る舞いをしており、成長とともに理性と知性を身につけていく。
ヘアメイクやファッションにおいて、ベラの成長がどう表現されているのかを分析・考察してみよう。
・ベラ【幼少期】
ヘア
ベラの髪の毛は映画全体を通して編みおろしスタイルか、おろしているスタイルが多い。髪の毛をおろすとレイヤースタイルにゆるめのウェーブがかかっている。
19世紀末のヨーロッパで流行していた髪型は、後に髷を作るというもので、ドレスの広がりと同様に髪型にもかなりボリュームのあるスタイルが多かった。
当時流行っていたであろうヘアスタイルに比べると、ベラのヘアスタイルは2パターンとかなりシンプル。幼少期には外との交流がなかったため、ヘアスタイルに無頓着なのは想像できるが、冒険に出た後もヘアスタイルに関してはほとんど編みおろしか ただおろしているスタイルが多い。
またこの映画は「一人の女性の自立」もテーマになっており、そのテーマを考えるとベラのヘアスタイルから伺えるのはベラ自身の中にブレない芯があるということ、周りに流されない自立した女性ということも表ているのではないだろうか。
メイク

肌質は陶器のようになめらかな印象。ベラのメイクは純粋さを表しているような透明感があり、血色も良く見える。リップやチークも薄めのピンクオレンジのような色合いが多く、知的だが無垢で純粋であるといった印象を受ける。
後ほど紹介する売春宿のマダム、スワイニーの宿で働いているときのベラのメイクは、発色・彩度の強いリップにチーク、ブルーベースのアイシャドウが使われている。
ファッション

まだベラの脳は生まれたばかりの状態。見た目は大人だがまだまだ子供。ファッションは白黒の場面が目立つようにオールホワイトなスタイルに、透け感のあるシースルーのワンピースはフリルがついていて幼い女の子らしさが出ている。

他にもこのシーン時点でベラの脳はまだ幼少期であるためか、未発達な部分を表現するかのように、白黒シーンのベラの衣装にはシアッサーやキルトといったベビー服に使われる生地が使用されているのだそう。
・ベラ【リスボンでのシーン】
ファッション

リスボンに到着してダンカンと軽食を楽しんでいる場面では、肩にボリュームのある水色のジャケットに白いフリルのノースリーブを着ている。スカート丈も長め。靴は白のローヒールで白のフリルとの組み合わせ方が抜群である。

実はこのドレスはセットアップになっており、ベラがリスボンの街を散策するシーンでは、ロング丈のスカートから動きやすい黄色いショートパンツへとチェンジしている。この服装の変化から、少年と少女を掛け合わせたようなスタイルで、ベラの脳がまだ幼いことを示唆しているように感じる。
このシーンは映像の彩度も高く、非常に場面がカラフルである。ベラのまだ幼い脳で見ている世界が新鮮で、見るもの全てが新しいということを表しているのだろう。水色・黄色・白というファッションの色の組み合わせがこの彩度の高いシーンで取り入れられていることで、ベラの幼さがより如実に伝わってくる。
・ベラ【ダンスシーン】
ファッション

黒くてツバの広いハットに肩にボリュームのある淡くくすんだピンク色の羽織をかぶり、それらを脱いでフリルのついたスカートで踊り狂う場面は物語の中でも特に印象に残るシーンである。

フリルのスカートと長くウェーブがかかった髪の毛で踊る姿はとてもリズミカルで、動きのある場面となっている。

また、他にも踊っている人物がベラの周りに数組いるが、周りと比べるとベラのこの場面でのファッションはすっきりとしていて、とてもシンプルなのが特に印象的であった。
・ベラ【船でのシーン】
ファッション

船での場面においてベラのファッションで特に印象的だったのは、大きめのフリルがついたボリューミーな黄色い羽織に水色のシャツ、ピンクのスカートである。
この場面では、老婦人マーサとの出会いによってベラの価値観や興味に変化が起きる。このあたりからベラは自分中心に物事を捉えるのではなく、論理的に物事を見るようになっていく。マーサはベラに女性の自立心と知性を与えたといっても過言ではないだろう。
この時点でベラはまだやや幼い印象が残るものの、ベラの表情は格段に大人の女性らしくなっていき、それに比例するかのようにファッションも段々と洗練されていく。
☆おまけ☆マーサ(=ハンナ・シグラ)

マーサのファッションとヘアメイクにも注目しておきたい。マーサのヘアスタイルはパーマがかけられており、左右にボリュームのあるスタイルでこの時代の流行に乗っているとも言えるだろう。
彩度の高い赤いリップは強く自立している女性であるという印象を受ける。ドレスは白いベースに黒いレース生地の羽織ものを羽織っており、髪の毛には大きな黒いリボンの飾りがつけられている。
・ベラ【アレクサンドリア】


船の停泊先にあったスラム街を目の当たりにしたベラが号泣するシーンでは、真っ白のドレスに全身を包んでおり、ベラの純粋無垢な心がファッションに反映されている。

マーサの連れであるハリーの手を噛み、ベラの口元はハリーの血にまみれるが、まるで赤いリップが塗られているよう。純粋さの象徴である白いドレスがより引き立っている。
|スワイニー(=キャスリン・ハンター)の分析・考察
ベラがお金を稼ぐために飛び込んだ売春宿を取り仕切るマダム、スワイニーは、純粋無垢で世間を知らないベラを受け入れる。そんなスワイニーのファッションとメイクにも注目してみる。
ファッション

主に黒いターバンを頭に巻いており、黒に赤く細いラインの入った肩にボリュームのあるドレスを着ている。売春宿の宿主であることから、女の子たちをより引き立たせるためでもある黒い装いなのだろうが、スワイニーの何にも染まらない石の強さも表しているのではないだろうか。

何よりスワイニーの出てくる場面で最も印象的だったのは、全身に施されたタトゥーである。施されているタトゥーのほとんどはトラディショナルなものが多い。怖いと思われがちなタトゥーだが、スワイニーに施されているタトゥーはトラディショナルなスタイルで、デザインは可愛らしい絵のタトゥーが多く、彼女の遊び心や思い入れのあるものが反映されているような印象を受けた。
メイク
アイシャドウは彩度の高い青がしっかりと塗られており、濃いめのピンクのリップ、ピンクのチークが使用されている。眉毛は細めで目のホールをラウンドするように描かれており、それに沿うようにアイホール全体に塗られた青いアイシャドウが目の周りの陰影にもなっている。
|分析結果
『哀れなるものたち』は何度か試聴しましたが、改めてヘアメイク・ファッションに注目して見てみると新しく見えてくるものがありました。
カラフルで彩度の高いファッションから成熟していくにつれて色やデザインがシンプルになっていくベラのファッションの変化の印象は、言葉・理性・知性を身につけていったベラ自身の脳と心の成長が反映されているのでしょう。



















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